跳び箱について
- 2019.10.08 Tuesday
- 22:25
では、LISKO先生のお尋ねです。
運動会での組体操の危険は少しずつ共通認識が出来てきたと思うのですが、飛び箱はどうでしょうか? そもそも子どもにとって、練習させられてできるようになることはすごいことではないです。危険が伴うことも頑張らせる保育に疑問を持つのは私だけでしょうか?
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お答えというよりは、掛札の個人的意見ですが。
跳び箱はじめ、「体育」と言われるものがすべて限りなく嫌いだった元・子どもとしては、「その通り!」と言いたいところですが、今の趣味が筋トレという私にとっては、悩むところでもあります…。
まず。LISKO先生、ちょっと考えてみてください。組体操、鉄棒、雲梯、ジャングルジム、跳び箱は、それぞれリスクが違います。どう違いますか?
組体操(人が積み重なるもの)は、下の人が巻き添えになるリスクがあります。他の4つには、まずそれがない(もちろん、遊ばせ方がへたなら誰でも巻き添えになりますが)。次。鉄棒、雲梯は、そこにつかまることができない子どもには、ほぼリスクがない。跳び箱も「跳ぶ」という行動の練習が必要。ジャングルジムは一段のぼれたら上まで行けてしまう。私は、組体操(巻き添え)、ジャングルジム(一段=一番上=落ちたら死ぬ可能性)は危険だと言います。でも、ジャングルジムも外側に子どもがいるぶんには、おとながつくことができる。鉄棒も雲梯もつくことができ、落ちそうならおとなが手を出せる。跳び箱は、練習中、横につくことはできるけれども、実際、「跳ぶ」となったら横についているわけにはいかない。だから、落ちる時は落ちる。鉄棒も雲梯も落ちる時は落ちるけれども、跳び箱と比べれば「横についている」ことができる可能性も高い。
このように考えると、確かに跳び箱は危険です。じゃあ、跳び箱をやめるか。そうなったら、鉄棒も雲梯もやめるっていう話になっていくような気がします。運動嫌いだった元・子どもとしては、「跳び箱なんてないほうがいい!」と思いますが、指導者つきで筋トレをしていると、「あの時、教え方がもっとうまかったら、私も体育嫌いにならなかったかも」「私もできたかも」と思ったりもするのです。
なにより、こちら(『ぜんほきょう』の記事)に書いた通り(「安全」6-1や「コミュニケーション」のA-1にも別の見方で書いてありますが)、ケガの程度は、そこに至るできごとの良し悪しとはほぼ無関係なのです。ずっと、すいすい、跳び箱5段を跳べていた年長さんが、ある日、手をすべらせて落ちて骨折するかもしれない。一方、私は小学校でもぎりぎり4段しか跳べなかったへたくそだったけれども、体育でケガをしたことは一度もない。
『ぜんほきょう』に書いた通り、人間、かすかな段差でつまずいて頭を打つことも、腕の骨を折ることもあるわけで、二本足で歩き、とんだりはねたりしている以上、ケガ自体を恐れていたら、どうしようもない。特に子どもは、です。
やりたくない子、できない子にむりやり活動をさせるのは危険ですし、本人が恐れているからリスクも上がるでしょう。でも、子どもの「やってみたい」「できるようになった」は大事じゃないかと。LISKO先生がおっしゃっている「頑張らせる保育」は、たぶん、「やりたくない子」「できない子」にむりやり…のほうをおっしゃっているのかなと思いますが。
いかがでしょ?
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お答えをありがとうございました。
保育経験のある保育士が春から複数加わったのですが、「出来るようになるために頑張って練習させること=良い保育ではない」という、私たちの園の認識が共有できないでいることへのモヤモヤから生じた疑問でした。
経験は宝物のはずなのに、その価値は園によって異なる為、悩んでいたのは先生方であったと思います。半年たった今、園内研修などで園が大切にしている遊びについて伝えあっていかれるようにしたいです。
今回も私がハッと気づかせられました、感謝いたします。
そうです、「何が、どのようにできるようになるのが『よい保育』なのかは、園によってまったく違います。「できる」の意味も、本当の意味で「できる」ではなく、「おとなにとって見栄えがよい」であったりもしますし。
そのあたりを自分たちで考えていただくために置いてあるのが、「コミュニケーションに関するトピックス」のA-1の下のほうにあるワークです。ぜひ、取り組んでみてください!